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アルコール・薬物・ギャンブル依存症者の社会復帰を支援しています。
1978年11月に青十字サマリヤ館(社会復帰中間施設・グループホーム)が建てられ、来年2008年11月で開館30周年を迎えます。

「青十字サマリヤ館30周年記念」第16回サマリヤ館セミナーのご案内
向暑の候、益々御健勝のこととお喜び申し上げます。
皆様には日頃ひとかたならぬお世話になり、御支援をいただきまして厚く御礼申し上げます。
多くの方々の支えにより、サマリヤ館セミナーも今回で16回を数えることが出来ました。
さらに、青十字サマリヤ館も30周年を迎えます。そのように1978年11月に藤野に開設されたから、入館者と共に歩んだ一日一日の積み重ねによって、今日のサマリヤ館が在ることを思いますと、日々の歩みの大切さが思い知らされます。 今回のテーマ「新たに生きる」は、在館者の方に考えていただき決まりました。
在館されている一人一人が自ら依存症を認め、自らこのサマリヤ館で回復への道を歩んでいる姿や退館され地域で暮らしている方々の様子、そのような人たちの話を聞いていただければきっと大きな励ましや慰めが得られると思います。
尚、今回は開設30周年の記念の節目として、記念誌「青十字サマリヤ館30年史」の製作に取り組んでいます。
お誘い合わせの上、是非ご出席くださいますよう御案内申し上げます。
日時 2008年11月24日(月)勤労感謝の日の振替休日 AM10:00〜PM3:30
場所 かでる2・7 大会議室 4階(札幌市中央区北2条西7丁目)
テーマ 「新たに生きる」
プ ロ グ ラ ム(予定)
09:30-受付開始
10:00-開会の挨拶 理事長 熊谷豊次
10:10-来賓紹介
10:15-祝辞 旭山病院院長 山家研司 様
10:30-祝辞 札幌医科大学名誉教授 小片 基 様
10:45-ビデオレター「R・カニングハム家」
11:00-在館者の話・退館者の話
12:00-昼食(ビデオ:サマリヤ館の一年)
13:00-講演 浦河赤十字病院精神科部長 川村敏明 様
14:30-在館者の話・退館者の話
15:25-閉会の挨拶 館長 齊藤和夫
15:30-終了
「アルコール依存症はどこで回復するのか」
旭山病院 院長 山家 研司
(2005年12月「サマリヤ会だより」より)
25年前私は札幌医大付属病院円山分院という精神病院に勤めていました。その頃に、サマリヤ館という名前をはじめて先輩医師から聞かされました。その先輩医師は病院でアルコール依存症の治療を担当していました。 その先生の患者さんでダイハチさんという人が入院していて、毎日のように外出していました。「ダイハチさんはサマリヤ館というアル中さんの共同作業所を建てに行ってるんだよ」と教えられました。サマリヤ館が完成した頃、私は先輩医師から病院のアルコール治療の担当を引き継ぐ事になったのです。
ダイハチさんはあだ名でした。酒の為大工としては1本足りなくなってしまったという意味で皆がそう呼んでいたのだそうですが、サマリヤ館は立派に建ち上がりました。酒が入らなければダイハチさんは素晴らしい腕の大工さんだったのです。
さて、サマリヤ館のような施設を欧米では、ハーフウエイハウスといいます。自分の生活した社会と病院との中途にある家という意味です。欧米ではアルコール依存症者は激しい禁断症状や中毒症状が出現している1―2週間は病院で入院治療をするがそれ以上長く入院を続けるこことはほとんどありません。治療の継続を希望する人は、ハーフウエイハウスのような共同生活の場を利用するのが基本なのです。日本ではどうだったでしょうか。
当時、日本中のほとんどの精神病院で、5年10年と長くアル中さんを閉じ込めておく「治療」が行われていました。この差が生まれたのは、欧米と日本の医療保健制度の違いにも理由がありましたが一番重大な理由は「何をなおすのか」という目的に大きな違いがあったからなのです。当時、日本の精神科医のほとんどの人が、アル中は意思が弱いからなおらない、こりなきゃわからないし、保護する為に病院の中に長く閉じ込めておくし かないと考えていたのです。では、欧米ではアルコール依存症という病気は何をなおそうとしていたのでしょうか。
実はアメリカでも、罰を与えてこらしめればアル中は回復すると考え、悪名高い禁酒法まで作って意志の弱さをなおせば問題は解決すると考え、やってみたのです。ところが、そのやり方ではアル中さんはちっともなおらない。なおらないどころか、もっと酒の問題は増え、自殺者が増え、世の中には密造酒が出まわり、マフィアが大もうけをしたのです。
アメリカではこのニガイ経験を通してアル中は、意志が弱いからとか好きだからではなく必要だから酒を飲んでいるのだという事に気づいたのです。そして、何をなおすのかという問いに対し、酒が必要とならない身体や、生き方を身につける事がこの病気から回復した姿なのだと知ったのです。そして、アルコール依存症という病名もこの時はじめて生まれたのです。
アルコール依存症の患者さん達は又、アルコールを必要としない生き方を見つける為の素晴らしい場所も作り上げました。それがAAです。同じ悩みを持つ仲間と語り合い支え合う集まりでした。当時、酒を飲む事が犯罪だったアメリカでは、酒の問題を語るAAは匿名(アノニマス)でなければなりませんでした。もちろん名簿なんか作れません。それでもAAの回復の場としての素晴らしさは世界中のアルコール依存症者に伝わりました。日本にも伝えられました。日本ではこの国の文化に合わせる形で断酒会というグループとしてスタートし、発展しました。
アメリカでアルコール依存症者の回復を手伝うのが病院ではわずかで、サマリヤ館のようなハーフウエイハウスが中心になっているのはAAという回復の場が充実しているからなのです。日本でも今、アルコール依存症者の入院期間はどんどん短くなってきています。
医療制度の変化と、断酒会やAAの力を期待するようになってきたからそうなってきました。
AAや断酒会は、酒を飲まない生き方へのたくさんの知識や仲間を与えてくれます。
ですが、アルコール依存の患者さんによっては、酒を飲まないでいれるようになる為、それこそ衣食住、生活習慣全てをもう一度作りなおさなければならない人も多いのです。その為には仲間同士生活を訓練するハーフウエイハウスがとても有効なのです。
サマリヤ館を建てる事を計画したのは、カニングハムさんというアメリカ人とスイス人のご夫妻でした。父親がアルコール依存症だったカニングハムさんは日本に来て、アルコール依存症者の為のハーフウエイハウスが全くない事に大変おどろき、日本にもアルコール依存症者の為のハーフウエイハウスを作らなければならない。それが自分に与えられた使命だと考えたそうです。
サマリヤ館が建ったちょうどその頃に北海道ではじめてのAAミーティングの会場が札幌に用意されました。メイドインジャパンのアルコール中毒者ですと変な日本語を話す赤鼻のアメリカ人神父、ロイさんの努力の成果でした。
アルコール依存症が回復する為にとても大切な場、AAとハーフウエイハウスがそれぞれ患者本人と、患者家族であったアメリカ人によって用意されたのです。
私はこの二人に今でもとても深い感謝と尊敬の気持ちを持ち続けています。
